優しくありたいと願う気持ち、オジサンやからカナ




私の親族は基本的に優しいと感じる。
私は母子家庭で育ったけれど、母の弟達が入れ代わり立ち代わり訪ねて来てくれた
おじさん達は私の父だった。
また 母の妹であるおばさんも訪ねてくれ可愛がられていた

母の兄弟は7人兄弟で長男は島で墓を守っていた
鹿児島県の離島なので年に1度の再会でオジサンは毎年1月ほど我が家に滞在し
兄弟と酒を飲み交わし都会暮らしを楽しんでいたのだろう。

そんなモンだから長屋の我が家は宴会ばかりで
はしゃぎたい盛の子供にとっては勉強のできる家ではなかった
そして、私のような人間が出来上がったと思う。

こんな子供時代だったから、従兄弟も兄弟のようなもので
どの家庭にも訪ね飯を食い眠った
幼い頃はおまけに寝小便までしたように思う

関西では先に威嚇することをカムっていいます
私の育った街はお世辞にも上品な街ではなく、漁師町の繁華街
小中とよく恐喝にあいました
ほんと貧困の街だったかもしれない
小銭を確認するため とんでみぃと、JUMPさせる輩もおりました・・・

そんな街での生き方というと
噛まれたらすぐに、噛み返す、そんな技を会得していたので建築業界も生きれたのかなておもいます。

数十年絶つと、みんなわりと穏やかです良いパパになり、良い爺ちゃんになってます

バイクで彼女を乗せ死んだ奴、シャブでフラフラになり消息不明になった奴
人生なんてワカランわ

あまりドラマは見ないけど香取慎吾の「人にやさしく」思い出しました
確か、Wピースだった


その頃私も前嫁と楽しく過ごしていたけれど、その話はやめておこう

現在 病院で務めてることもあり、患者さんや面会の方々の気持ちを考え働いています
そんなことを意識し始めるうち「人に優しくは」基本だとおもいます。

 

 

願いをこめて、【人に優しく明日は良い日】

 

 

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